2024年8月29日木曜日

リサイタルと感謝するハードルと、間違われた話

 令和六年八月二十五日

リサイタルとミニ・コンサートってどう違うの?

「コンサート」「ライブ」「リサイタル」の違いをご存知ですか?

今回の東京聖会で万代栄嗣リサイタルというコーナーがあります。調べてみると、ソロコンサートとリサイタルは同義のようです。

みなさんは、リサイタルと聞いて、何を思い浮かべますか?

私? 私は…ジャイアンかな?

2024年8月25日日曜日

羽田空港は缶高地(かんこうち)と映画会は次回から、そして、ギャンブル中華料理

令和六年八月二十二日

愛媛県民のみかんに対しての造詣の深さは、香川県のうどんと並んですごいものがありますね。

関東地方で全県をあげて旗印に掲げるような商品ってあったかな?
宇都宮の餃子って言ったって、那須に行ったらそれほどでもないし、横須賀の海軍カレーって言っても、結局その街だけだし、横浜だってね・・・

2024年8月20日火曜日

みかん一座と東京聖会と後のものが先になる信仰

 令和六年八月十八日

昨日は、会堂を愛媛のケーブルテレビにお貸しして、万代先生のご友人が主催する「みかん一座 40周年記念公演 東京同時配信」のパブリック・ビューイングがありました。

2024年8月14日水曜日

若者の来会と自主練PBFとお昼は自腹

 令和六年八月十日

連絡事項

8/18 の午前11時からの礼拝は、TFCと同じビルの4階の貸し会議室の403号室になります。

2024年8月12日月曜日

鱗雲と空の便の混乱と

 令和六年八月八日

これを書いているのは、八月十一日の全国聖会に向かう新幹線の中。

三十分前に到着していましたが、ホームは暑かったので、階下の待合室で時間を潰していました。

朝八時二十一分の博多行きの「のぞみ」に乗って、坂藤姉妹と、息子の三人で姫路に向かいます。

今朝は五時に目が覚めて外を軽く散歩をしていると、西の空に箒で掃いたような鱗雲がありました。鱗雲は秋の季語なので、もう夏が終わろうとしていますね。

時間を戻して、八月八日は、十七時過ぎに会堂に到着すると、すでに佐藤姉妹がおられて、パワポを作っておりました。この七月から、パワポの作成は佐藤姉妹のお仕事となり、岡先生から引き継がれました。

私は、カメラの調整をして、ディスプレー、ライトの調整を行い、最近導入した自動雲台の設定の確認をしました。前回使った時に上下の移動が速すぎて操作が難しかったので、調整をし、移動、停止に伴う振動が起こらないようにしました。これで自動雲台の活用の目処がつきました。しかし、カメラのパンやズーム操作は脚立に登って操作しないといけない。

日立の納豆屋の奥様が、娘さんの就職の最終面接に付き添いで来られていて、集会に来られました。万代先生のFBを見て、飛行機が遅れていて間に合うかどうかを心配されていました。

この日は、前日の雷雨の影響で、東京の空の便が乱れに乱れて、万代先生も飛ぶはずの飛行機が飛ばず、飛行機を変えてなんとか東京に到着したということでした。

十八時四十五分をすぎても万代先生が到着しないので、中継は開始し、準備賛美で到着を待ちました。賛美二曲ほどで万代先生が会堂に姿を現しました。

万代先生は、羽田に十八時ごろに到着したものの、移動で汗だくになったので、ホテルに立ち寄り、着替えてきたということです。

この日は、私は、自宅マンションを出たところで暑さにうんざりしてマンションの前のパス停からバスで駅まで向かいましたからね。


いつもの通り、集会の様子は、Youtubeでご確認ください。

集会の後は、いつもの中華。
川口姉妹が松山行きの飛行機が取れていないということを万代先生に相談したところ、「私のステータスなら取れるかもしれない」と、言われていました。実際に飛行機の予約ができたということですので、飛行機会社の顧客優遇制度も侮れませんね。

今日もハレルヤでした。


2024年8月6日火曜日

株価大暴落と奉仕と東京聖会

 令和六年八月五日

これを書いている今日は、月曜日。

今日は、昨営業日、一昨営業日と、日経平均株価が暴落を繰り返し、いわゆるバブル崩壊を超える暴落をしたのが今日。

バブル崩壊、リーマンショック、コロナショックと続いてきて、これは何て名前になるのかわかりませんが、四千五百円近く暴落したのは、今日です。

チャートを見るとすごいですよね。

『スコン』って感じですね。


昨年の十一月に戻った、まさにバブル

今回は、期間が短く社会への影響も少ないのかな?

なんにせよ、主が与えてくれた自分の本業をしっかり行なっていれば、まず、どのような社会の変化があってもなんとかなりますよ。

時間は戻って日曜日。

この日もみなさんで集まって、礼拝をお捧げしました。

写真を見ると山下姉とまさみ姉が手話をしながら賛美をされています。山下家は全員がなんらかの奉仕をし、夫婦共に働きを後進に伝えてゆくというクリスチャンの鑑ですね。

誰か、真礼兄とか…中継の奉仕をやってみないか?

うちの息子も、スプーンプレゼントの奉仕を続けています。

小さくとも奉仕をすることができるのは、教会学校のないこの教会のメリットですね。

メッセージ

この日は、第一ヨハネ三章十六節から十八節の聖書箇所から、以下のポイントで語られました。
  1. キリストの死による救いの事実
  2. キリストの救いを受けた私たちのの行動の変化
  3. キリストの僕としての深化

礼拝後

今週は松山とのPBFがありました。
私は、松山との中継の奉仕があったので、参加できませんでした。

その後、全国聖会の稽古がありました。
ダンスのオーダーシートを神野姉妹が作ってくれました。
ダンスでも指示書のようなものがあるということを初めて知りました。

その後の昼食の時に、息子が、お茶の給仕の奉仕をしていました。
本人も食事の時は、自分の奉仕の出番だと思っているようです。
その後は、全国聖会のチラシや映画ミニストリーの資料の打ち合わせ、そして、東京聖会のテーマなどの打ち合わせをしました。
東京聖会は、いよいよ来月です。

川口姉妹が記憶にあった、今回のテーマにぴったりな賛美を、多分手話でやることになるのかな?まだわからないけど。

楽しみになりますね。

この日曜日もハレルヤでした。






2024年8月5日月曜日

六年ぶりビル・ウィルソン セミナー開催

令和六年七月二十八日

六年ぶりのビルウィルソンセミナー。

前回の聖学園の時には私も参加していました。その時は、確か、ビル先生がシリアで狙撃された後の回だった様な。

前回はそれで、今回は戦地でドローンの襲撃を受けたり心臓病で倒れたりと、生きているのが不思議な先生ですが、まだまだ神様は用いるご予定がある様です。


今回は、東京のセミナーのみ教会ではなく、貸し会議室を利用しました。

大手町のサンケイプラザは、二百五十人が入ることのできる大型会議室で、六月に内見に行っていました。

私は、過去に皇居の脇のシティホテルでレストランや宴会場の仕事をしていたことがあるので、なつかしさもありますが、会場の設営をしている作業員の手際の方に眼がいっていました。

セミナーの数日前になって、三木姉妹から打ち合わせが入り、ようやく、何が必要なのかを確認することができました。
今回は、生中継をするということもその頃に決まりましたが、事前にシミュレーションをしておきました。
当日は三時間近く前に会場入りして設営をしました。
色々と忘れ物をしたことに気がついて、取りに戻ったりとバタバタしてしまいましたが、無事に中継を開始することができました。
一番驚いたのは、生中継に耐える性能を有しているPCのマイクジャックが壊れていて音が入力できなかったことでした。映像なしは許容できますが、音なしのセミナーは意味のないものになってしまうので、この部分が一番焦りました。

全国聖会などで最初の聖会で音声系のトラブルが発生する理由が、今回のセミナーで理解できました。PCが壊れているのは論外ですが、会場ごとに音声の収配信の方法が異なるために、どの様に組めば適切なのかが当日に組んでみなければわからないということなんですね。

今回はPCの音声入力のトラブルもあり、きちんと調節できなかったことで楽器の音を入れることができていませんでした。

しかし、メインのマイクとサブのマイクの音はきちんと拾っていましたので、配信の意義は達したかと思います。
写真は、多くなりますので、まとめておきます。
ビルウィルソンセミナーの内容は、この集会の内容をDVDで販売することになるので、内容はここには書きません。

三時半に始まり六時半を過ぎてまだ終わらない、三時間越えの集会でしたが、途中で帰る人も少なく、ハレルヤでした。

TFCメンバーはセミナー中もセミナー後も、各々が各々の奉仕をしていました。

山下兄弟は、カメラの操作をしてくれていたし、井原兄も集会の仕切りをしながら、カメラの操作もしてくれました。(他人持ち物の、私が使ったことのないカメラをぶっつけ本番で触るのは怖かったので助かりました。形は似ていても中のソフトの設定が全く違うので。)途中、万代恵嗣兄もカメラの操作をしてくださいました。

セミナー中に気がつくと、藤井姉妹がスポンサーブースのところにポツンとおられたので、気になって見ていると、途中で、チャイルドスポンサーの登録に来られた方がおられるのを見越して、座っていたんですね。

集会後は、みなさんで奉仕をしてくださり、スポンサーのブースは大盛況でした。

東京福音センターのメンバーも横浜の集会や、大阪の集会に参加された方もいて大いに恵まれました。

この集会もハレルヤでした。











2024年8月1日木曜日

第一礼拝と松山のデジタル管理者と全国聖会のPBFの稽古

令和六年七月二十八日

今日の礼拝は、第一礼拝の時間に皆で集まって礼拝をお捧げしました。
いつもの時間だと、礼拝後に何もする時間がなく、ビルウィルソンセミナー(午後3時半開始!)の方の準備に行かねばならなかったので、九時集合の第一礼拝になりました。
第一礼拝は、私は初めて参加しますが、九時から十時半ごろまでなので、集まる時間がかなり早いですね。自宅を七時半過ぎに出るので、息子は起きて三十分もしないうちに家を出ていました。

この日は、急遽藤井姉妹が英語翻訳の奉仕となりました。万代文女姉が英語の翻訳の奉仕をされる予定でしたが、コロナ罹患ということで藤井姉妹にその奉仕の代役が振られたということでした。
しかし、松山福音センターのデジタル管理者兼作業者の井原兄が東京に来ているということで、システムを動かせる人がいないということで、その奉仕はなくなったそうです。

山下兄も東京にいたので、コンピュータを使える人がいない状態だったんですね。

井原兄や、山下兄がいないと、松山福音センターのデジタル関係のレベルが一気に下がってしまうというのも考えものなので、松山での誰か若者の奉仕者を育成しないといけないですね。

これを読んでる松山の君、やってみないか?

メッセージ

今週は、万代先生が東京に来られているので、大野先生がメッセージを語られました。
詩篇六十篇から、「勝利へのプロセス」というテーマで、以下のポイントから語られました。
  1. 自分自身を顧みよう
  2. 私たちは、神様を恐れ、へりくだる。
  3. 私たちは、神様に愛されている
  4. 神様により頼んで祈る

礼拝後は、全国聖会の準備

全国聖会のPBFの準備をしました。
いつもやっていることにプラスアルファがあるので、きちんと稽古をしておく必要がありますね。
今回は、フォーメーションを組んで寄ったり離れたり、腕を開いたり閉じたり、前後列入れ替わったりの確認をしました。
ダンスの内容も、前列になった時にアワアワしないためにも、きちんと頭に入れておかなければいけないですね。
その後は、私と山下兄は荷物をまとめ、大手町に向かいました。
食事は、残った方々でとられたそうです。

長くなりそうなので、ビルウィルソンセミナーの記事は別にします。

今週もハレルヤでした。

プログラミングで神を賛美と、流行(はやり)は繰り返すと、賛美稽古

 令和六年九月八日 これを書いている今は、昭和九十九年の九月九日だそうです。SNSでは、一部の人たちの間で盛り上がっています。 みなさんは、昭和の時代に多くの教会で英語を宣教師が教えてくれていたというご記憶がないでしょうか? 私の高校時代の英語の先生も「英会話教室などなかった学生...