令和六年十月二十日
みなさん、来週の夕礼拝の時間は、このブログをチェックと公開してくださっている岡先生が、牧師に就任する牧師就任式があります。
え、牧師じゃなかったの?
おそらく、そう思われている方も多いと思います。
僕もそうでした。
忍耐の年月、幾星霜・・・といった岡先生の牧師就任式なので、みなさん、ライブ夕礼拝を見逃すな!
併せて、大野先生も牧師に就任します。
今朝は、朝、三十分早く、会堂に到着し、先日までに五十四枚残っていた、「福音を語る」のチラシを礼拝前の路傍伝道としてチラシを配りました。
「全然、受け取ってくれないじゃん、大丈夫なの」とか、息子が私の周りをうろちょろして、いろいろチャチャを入れてきましたので、撮影役をさせました。
多少会話をすることのできる方がいまして、「これから礼拝なんだけど、来ない?」と、お誘いしましたが、残念ながら、でした。
なんだかんだで、二十五分で十九枚配れました。
礼拝
今日は、藤井姉妹が礼拝のメッセージの翻訳の奉仕でご自宅での作業でした。大田原の姉妹が礼拝に来られていました。
大田原の姉妹は、政治に関して造詣が深い方のようで、十月三十一日の集会に参議院議員の金子牧師が来られるということを聞いて、参加できないことを残念だと言われていました。
※ 金子先生は、今回は政治の話をされに来るのではなく、牧師としてメッセージを語りに来るので、その辺は悪しからず。
八月に洗礼を受けた高野兄弟が久しぶりに礼拝に来られていました。
日曜日に礼拝をお捧げすることは、献金に並んで、神様に対しての信仰の証しですので、大切にしてほしいですね。
メッセージ
今日は、癒しの礼拝でした。
ルカ8:40−42、49−56のヤイロの娘を生き返す場面から、以下のポイントで語られました。① 人々の諦めを超えて働いてくださる主!
② 人々の涙や悲しみを超えて働いてくださる主!
③ 人のいのち、霊を呼び戻してくださる主!
礼拝後の時間
今日も礼拝後にPBFがありました。
久しぶりにラテンの曲がありました。例の耳に残る曲ですね。
礼拝の時は暖房をかけていましたが、この時間は冷房に変えていました。
クリスマスの特別賛美の時には、クリスマスの曲が用意されますので、乞うご期待。
PBFの後は昼食の時間。
昼食後は、山下姉の手話教室の初回がありました。
手話賛美の内容から始まり、挨拶の簡単な手話を教えていただきました。
姉妹のお人柄もあって和やかな雰囲気で教室は進められました。
次回は、来月の予定でしたが、クリスマス前の特別賛美の稽古もあるので、第二回は、十二月になる予定です。
多分、これから「福音を語る」の時間に、それっぽい動きをする人が今まで以上にふえるのではないかなと思います。
手話の時間が終わった後は、木曜日の奏楽の稽古をする人、話をする人、各々の時間を過ごしました。
私はチラシを配りに外へ行きました。
賛美を歌いながら配るのがいいとは思いますが、銀座は、他の地域と違って、インバウンドの観光地としての側面もある土地なので慎重に対応する必要がありますね。
教会の近くは結構知っているつもりでしたが、会堂の裏手にインバウンドが列をなす寿司屋があることに今日初めて気がつきました。
四十分前後時間をかけ、三十枚ほど、朝と合わせて、四十九枚ほど配れました。
先週送っていただいた百枚の「福音を語る」チラシは、残り五枚と、順調な滑り出しです。
ちなみに、今回私が作成したTFCチラシは月曜日中に届く予定です。
このチラシが来たら、もっと色々なところで配ってみようと思います。
大久保の路傍伝道
今夜も、大久保の路傍伝道に参加してきました。
今日は、気が付きませんでしたが、個人伝道のチャンスが二回ほどありました。
チラシを配り、会話をするチャンスが二度ほどありましたが、
お互いに相手の言葉がよくわからない感じでしたので、短めに会話をしてお祈りをして切り上げてしまいました。
お互いに相手の言葉がよくわからない感じでしたので、短めに会話をしてお祈りをして切り上げてしまいました。
路傍伝道終了後、熱く個人伝道をしていた別の姉妹が、「相手が中国語以外、日本語も英語もわからないというので、コミュニケーションに困ったけど、なんとか伝道をした」と、言われていました。
それを聞いて、私は、言葉がわからないからと言って、短めの会話で切ってしまったことで、与えられていたチャンスをみすみす逃していたことを知りました。
次こそは、言葉がわからなくてももうちょい話してみようと思いました。
今週もハレルヤでした。
0 件のコメント:
コメントを投稿