2024年10月15日火曜日

令和六年の登山は、多くの学びがありました。

 令和六年十月十四日


今日は、大山南陵のトレーニングコース選定を兼ねて山登りに行きました。

今回は初めて坂藤姉妹が参加するので、できるだけリスクの少ない登山を用意しました。

前回の八月の登山で、大山南陵の稜線以外の登山道のケアが行き届いていないという疑念が持ち上がりました。

今回は不動越を挟んで反対側のルートを登る計画を作りました。

子供の証とメリエスト・クリスマスの準備と手話教室の準備

令和六年十月十三日

十月もすでに半月が過ぎ去ろうとしています。日差しは暑いこともありますが、空気は涼しくなってきています。

昨日、子供の小学校の運動会があり、日差しを遮るもののないグラウンドで子供達の演技をみていると、もう、首の周りが暑くて、テントの中に逃げ込むと、日が当たらないところは涼しく、快適な季節を感じていました。

娘が、学校の代表で閉会の挨拶をしたのですが、結構な長文を丸暗記しなければならず、当日の朝の練習まで納得できるような挨拶ができていなかったということもあり、プレッシャーから気分が悪いと言っていました。

しかし、結果は、とても「立板に水」といった感じで超小学生級(知らんけど)という挨拶でした。

後で聞いたところ、「(プレッシャーで)気分が悪かったから、祈ったら上手くできた」と言っていました。

ハレルヤですね。

2024年10月12日土曜日

オレンジジュースと配信トラブルとモスキート音の話

 令和六年十月十日

数ヶ月前の集会の時に話題にのぼったオレンジジュースの自販機。

池袋駅の地下鉄丸ノ内線の改札の近くになぜか自販機が置いてあって、羽田空港よりリーズナブルなお値段だったということを書きました。

今度はウチの近くの東武ストアの外に置いてありました。

そんなに流行っているのか?

息子は、松山空港の蛇口を経験しているので、興味をそそられているようです。


2024年10月7日月曜日

万年橋からはじめまんねん。と、家庭礼拝とメリエスト・クリスマスの準備

 令和六年十月六日

TFCでの路傍伝道の第一歩を、万年橋からはじめまんねん。

TFCから至近の万年橋から路傍伝道の第一歩を始めた理由は、もう、言わなくてもわかりますよね。

あえて説明はしませんよ。


2024年10月1日火曜日

これから始めまんねんと、洗練された好青年マシマシと、手話教室

 令和六年九月二十九日

夏が終わり、ようやく秋らしい気候になってきたのですが、平日は仕事でほとんど外へ出ないので、夏の暑さも冬の寒さも、電気代の料金のアップダウンでしか感じられないのはちょっと寂しいですね。

九月も今週で終わり。

もう十月。公営ギャンブルの競馬でいうと、今年も第四コーナーを回って、ゴール前の直線に入ったところ。今年の収穫を得る段階ですね。ここからはじめて来年に繋げるか、今年の収穫を得る態勢に入るかは、各人の働きによります。

今まで何もしていなければ、これから始めましょう。

私は、これから始めまんねん。

2024年9月25日水曜日

東京聖会2024は ”圧倒的” な大成功でした。

 令和六年九月二十二日


え、あなたは、東京聖会に来なかったんですか?

なんともったいない〜。

来年は9/23の連休は空けておくんだよ。

2024年9月21日土曜日

二十一日は十三時から第一聖会、十九時から第二聖会です。TFCに来ちゃいなよ。

 令和六年九月十九日

システム開発を生業としている私、実は今リリース後のハイパーケア期間。

本来なら、集会の奉仕をしている場合ではないのですが、私の担当した認証、AWS(基盤、ネットワーク)に関しては、大きな問題が発生していません。

障害発生に備え、「待機」という業務を熱心にこなしています。

「待機」って、何もしないのではなく、「待機」という業務なので何かあった時に即対応する必要があります。

大半はYoutubeで動画を流しながら過ごしていますが、それでも障害対応の依頼が舞い込めば最速で対応する必要があります。

システム開発のリリース後は修正に追われるか、「待機」かの二択なので、修正に追われるのもしんどいですが、待機もなかなかしんどいですよね。

でも、リリース前後でも奉仕ができることにハレルヤ。

2024年9月18日水曜日

東京聖会は二十一(土)、二十二(日)です。みなさん、土曜日に会いましょう。

 令和六年九月十五日

祈力兄が、アイドル追っかけが使うような、20センチ近くある大砲の砲身のようなレンズをつけた一眼レフをおもむろに机の上に置いておられていました。

聞いたところ、今日の礼拝前に外苑前で行われていた、高級車(彼にとっての推し)の撮影会があったということです。

彼は、ただのにわかではなく排気音を聞けば車種がわかるほどの高級車通です。

羊飼いは、自分の羊の声を聞き分け、羊も羊飼いの声を聞き分けるというのですから、耳が良いというのは賜物なのかもしれませんね。

2024年9月10日火曜日

プログラミングで神を賛美と、流行(はやり)は繰り返すと、賛美稽古

 令和六年九月八日

これを書いている今は、昭和九十九年の九月九日だそうです。SNSでは、一部の人たちの間で盛り上がっています。

みなさんは、昭和の時代に多くの教会で英語を宣教師が教えてくれていたというご記憶がないでしょうか? 私の高校時代の英語の先生も「英会話教室などなかった学生時代に教会の宣教師に英語を教えてもらった」と言っていた記憶があるような、ないような。

令和の今に、「わざわざ昭和に倣ってばかりではなくて、新しい時代には新しいことを!」と始めたのがバルナバミニストリー:大人の教会学校(プログラミング教室)。

英語とプログラミング言語、同じ言語ですから、宣教師に教えてもらう英語も、IT企業のクリスチャン社長の教えるプログラミング言語も同じではないでしょうか?

宣教師はほとんどの場合、プロの英語教師ではないですが、私は、プロのIT企業のクリスチャン社長。

これを読んでる君、「プログラミングで神を賛美」しないか?

2024年9月8日日曜日

福音を語るの前、18:15に映画上映します


 令和六年九月五日


台風の後、夕方などに外に出ると、蒸し暑さを感じなくなっているのは、夏が終わろうとしているからでしょう。

そろそろ、冬服のことを準備しないとと思うのはちょっと気が早いと思いますが、コートにするのか、ダウンジャケットにするのかを考えるのも準備のうちですね。

最近、フルテレワークでスーツが全滅して、客先訪問をする時も作務衣を着ていくようになり、字引さんは、ITエンジニアではなくIT職人という認識が広まりつつあります。

昔の人のように、和服とトンビコートというのもアリかと思ってしまいますね。

2024年9月5日木曜日

令和六年台風十号の話と受洗された兄弟と突貫稽古の話

 令和六年九月一日

先週は、優柔不断で決断力の欠如した男のような動きをする台風十号に振り回された一週間でしたね。

これを書いている今(日曜日の路傍伝道の前)天気アプリを確認したところ、もう、台風ではなくなっていました。

「なんや、もうちょいシャンとせい」と、言ってやりたいですね。

あっちふらふら、こっちふらふら。

これから後に、優柔不断で成り行き任せの人が、「あの人は令和六年台風十号みたいな人だ」という言葉が流行ったら、このブログがオリジナルです。

2024年8月29日木曜日

リサイタルと感謝するハードルと、間違われた話

 令和六年八月二十五日

リサイタルとミニ・コンサートってどう違うの?

「コンサート」「ライブ」「リサイタル」の違いをご存知ですか?

今回の東京聖会で万代栄嗣リサイタルというコーナーがあります。調べてみると、ソロコンサートとリサイタルは同義のようです。

みなさんは、リサイタルと聞いて、何を思い浮かべますか?

私? 私は…ジャイアンかな?

2024年8月25日日曜日

羽田空港は缶高地(かんこうち)と映画会は次回から、そして、ギャンブル中華料理

令和六年八月二十二日

愛媛県民のみかんに対しての造詣の深さは、香川県のうどんと並んですごいものがありますね。

関東地方で全県をあげて旗印に掲げるような商品ってあったかな?
宇都宮の餃子って言ったって、那須に行ったらそれほどでもないし、横須賀の海軍カレーって言っても、結局その街だけだし、横浜だってね・・・

2024年8月20日火曜日

みかん一座と東京聖会と後のものが先になる信仰

 令和六年八月十八日

昨日は、会堂を愛媛のケーブルテレビにお貸しして、万代先生のご友人が主催する「みかん一座 40周年記念公演 東京同時配信」のパブリック・ビューイングがありました。

2024年8月14日水曜日

若者の来会と自主練PBFとお昼は自腹

 令和六年八月十日

連絡事項

8/18 の午前11時からの礼拝は、TFCと同じビルの4階の貸し会議室の403号室になります。

2024年8月12日月曜日

鱗雲と空の便の混乱と

 令和六年八月八日

これを書いているのは、八月十一日の全国聖会に向かう新幹線の中。

三十分前に到着していましたが、ホームは暑かったので、階下の待合室で時間を潰していました。

朝八時二十一分の博多行きの「のぞみ」に乗って、坂藤姉妹と、息子の三人で姫路に向かいます。

今朝は五時に目が覚めて外を軽く散歩をしていると、西の空に箒で掃いたような鱗雲がありました。鱗雲は秋の季語なので、もう夏が終わろうとしていますね。

時間を戻して、八月八日は、十七時過ぎに会堂に到着すると、すでに佐藤姉妹がおられて、パワポを作っておりました。この七月から、パワポの作成は佐藤姉妹のお仕事となり、岡先生から引き継がれました。

私は、カメラの調整をして、ディスプレー、ライトの調整を行い、最近導入した自動雲台の設定の確認をしました。前回使った時に上下の移動が速すぎて操作が難しかったので、調整をし、移動、停止に伴う振動が起こらないようにしました。これで自動雲台の活用の目処がつきました。しかし、カメラのパンやズーム操作は脚立に登って操作しないといけない。

日立の納豆屋の奥様が、娘さんの就職の最終面接に付き添いで来られていて、集会に来られました。万代先生のFBを見て、飛行機が遅れていて間に合うかどうかを心配されていました。

この日は、前日の雷雨の影響で、東京の空の便が乱れに乱れて、万代先生も飛ぶはずの飛行機が飛ばず、飛行機を変えてなんとか東京に到着したということでした。

十八時四十五分をすぎても万代先生が到着しないので、中継は開始し、準備賛美で到着を待ちました。賛美二曲ほどで万代先生が会堂に姿を現しました。

万代先生は、羽田に十八時ごろに到着したものの、移動で汗だくになったので、ホテルに立ち寄り、着替えてきたということです。

この日は、私は、自宅マンションを出たところで暑さにうんざりしてマンションの前のパス停からバスで駅まで向かいましたからね。


いつもの通り、集会の様子は、Youtubeでご確認ください。

集会の後は、いつもの中華。
川口姉妹が松山行きの飛行機が取れていないということを万代先生に相談したところ、「私のステータスなら取れるかもしれない」と、言われていました。実際に飛行機の予約ができたということですので、飛行機会社の顧客優遇制度も侮れませんね。

今日もハレルヤでした。


2024年8月6日火曜日

株価大暴落と奉仕と東京聖会

 令和六年八月五日

これを書いている今日は、月曜日。

今日は、昨営業日、一昨営業日と、日経平均株価が暴落を繰り返し、いわゆるバブル崩壊を超える暴落をしたのが今日。

バブル崩壊、リーマンショック、コロナショックと続いてきて、これは何て名前になるのかわかりませんが、四千五百円近く暴落したのは、今日です。

チャートを見るとすごいですよね。

『スコン』って感じですね。


昨年の十一月に戻った、まさにバブル

今回は、期間が短く社会への影響も少ないのかな?

なんにせよ、主が与えてくれた自分の本業をしっかり行なっていれば、まず、どのような社会の変化があってもなんとかなりますよ。

時間は戻って日曜日。

この日もみなさんで集まって、礼拝をお捧げしました。

写真を見ると山下姉とまさみ姉が手話をしながら賛美をされています。山下家は全員がなんらかの奉仕をし、夫婦共に働きを後進に伝えてゆくというクリスチャンの鑑ですね。

誰か、真礼兄とか…中継の奉仕をやってみないか?

うちの息子も、スプーンプレゼントの奉仕を続けています。

小さくとも奉仕をすることができるのは、教会学校のないこの教会のメリットですね。

メッセージ

この日は、第一ヨハネ三章十六節から十八節の聖書箇所から、以下のポイントで語られました。
  1. キリストの死による救いの事実
  2. キリストの救いを受けた私たちのの行動の変化
  3. キリストの僕としての深化

礼拝後

今週は松山とのPBFがありました。
私は、松山との中継の奉仕があったので、参加できませんでした。

その後、全国聖会の稽古がありました。
ダンスのオーダーシートを神野姉妹が作ってくれました。
ダンスでも指示書のようなものがあるということを初めて知りました。

その後の昼食の時に、息子が、お茶の給仕の奉仕をしていました。
本人も食事の時は、自分の奉仕の出番だと思っているようです。
その後は、全国聖会のチラシや映画ミニストリーの資料の打ち合わせ、そして、東京聖会のテーマなどの打ち合わせをしました。
東京聖会は、いよいよ来月です。

川口姉妹が記憶にあった、今回のテーマにぴったりな賛美を、多分手話でやることになるのかな?まだわからないけど。

楽しみになりますね。

この日曜日もハレルヤでした。






2024年8月5日月曜日

六年ぶりビル・ウィルソン セミナー開催

令和六年七月二十八日

六年ぶりのビルウィルソンセミナー。

前回の聖学園の時には私も参加していました。その時は、確か、ビル先生がシリアで狙撃された後の回だった様な。

前回はそれで、今回は戦地でドローンの襲撃を受けたり心臓病で倒れたりと、生きているのが不思議な先生ですが、まだまだ神様は用いるご予定がある様です。


今回は、東京のセミナーのみ教会ではなく、貸し会議室を利用しました。

大手町のサンケイプラザは、二百五十人が入ることのできる大型会議室で、六月に内見に行っていました。

私は、過去に皇居の脇のシティホテルでレストランや宴会場の仕事をしていたことがあるので、なつかしさもありますが、会場の設営をしている作業員の手際の方に眼がいっていました。

セミナーの数日前になって、三木姉妹から打ち合わせが入り、ようやく、何が必要なのかを確認することができました。
今回は、生中継をするということもその頃に決まりましたが、事前にシミュレーションをしておきました。
当日は三時間近く前に会場入りして設営をしました。
色々と忘れ物をしたことに気がついて、取りに戻ったりとバタバタしてしまいましたが、無事に中継を開始することができました。
一番驚いたのは、生中継に耐える性能を有しているPCのマイクジャックが壊れていて音が入力できなかったことでした。映像なしは許容できますが、音なしのセミナーは意味のないものになってしまうので、この部分が一番焦りました。

全国聖会などで最初の聖会で音声系のトラブルが発生する理由が、今回のセミナーで理解できました。PCが壊れているのは論外ですが、会場ごとに音声の収配信の方法が異なるために、どの様に組めば適切なのかが当日に組んでみなければわからないということなんですね。

今回はPCの音声入力のトラブルもあり、きちんと調節できなかったことで楽器の音を入れることができていませんでした。

しかし、メインのマイクとサブのマイクの音はきちんと拾っていましたので、配信の意義は達したかと思います。
写真は、多くなりますので、まとめておきます。
ビルウィルソンセミナーの内容は、この集会の内容をDVDで販売することになるので、内容はここには書きません。

三時半に始まり六時半を過ぎてまだ終わらない、三時間越えの集会でしたが、途中で帰る人も少なく、ハレルヤでした。

TFCメンバーはセミナー中もセミナー後も、各々が各々の奉仕をしていました。

山下兄弟は、カメラの操作をしてくれていたし、井原兄も集会の仕切りをしながら、カメラの操作もしてくれました。(他人持ち物の、私が使ったことのないカメラをぶっつけ本番で触るのは怖かったので助かりました。形は似ていても中のソフトの設定が全く違うので。)途中、万代恵嗣兄もカメラの操作をしてくださいました。

セミナー中に気がつくと、藤井姉妹がスポンサーブースのところにポツンとおられたので、気になって見ていると、途中で、チャイルドスポンサーの登録に来られた方がおられるのを見越して、座っていたんですね。

集会後は、みなさんで奉仕をしてくださり、スポンサーのブースは大盛況でした。

東京福音センターのメンバーも横浜の集会や、大阪の集会に参加された方もいて大いに恵まれました。

この集会もハレルヤでした。











2024年8月1日木曜日

第一礼拝と松山のデジタル管理者と全国聖会のPBFの稽古

令和六年七月二十八日

今日の礼拝は、第一礼拝の時間に皆で集まって礼拝をお捧げしました。
いつもの時間だと、礼拝後に何もする時間がなく、ビルウィルソンセミナー(午後3時半開始!)の方の準備に行かねばならなかったので、九時集合の第一礼拝になりました。
第一礼拝は、私は初めて参加しますが、九時から十時半ごろまでなので、集まる時間がかなり早いですね。自宅を七時半過ぎに出るので、息子は起きて三十分もしないうちに家を出ていました。

この日は、急遽藤井姉妹が英語翻訳の奉仕となりました。万代文女姉が英語の翻訳の奉仕をされる予定でしたが、コロナ罹患ということで藤井姉妹にその奉仕の代役が振られたということでした。
しかし、松山福音センターのデジタル管理者兼作業者の井原兄が東京に来ているということで、システムを動かせる人がいないということで、その奉仕はなくなったそうです。

山下兄も東京にいたので、コンピュータを使える人がいない状態だったんですね。

井原兄や、山下兄がいないと、松山福音センターのデジタル関係のレベルが一気に下がってしまうというのも考えものなので、松山での誰か若者の奉仕者を育成しないといけないですね。

これを読んでる松山の君、やってみないか?

メッセージ

今週は、万代先生が東京に来られているので、大野先生がメッセージを語られました。
詩篇六十篇から、「勝利へのプロセス」というテーマで、以下のポイントから語られました。
  1. 自分自身を顧みよう
  2. 私たちは、神様を恐れ、へりくだる。
  3. 私たちは、神様に愛されている
  4. 神様により頼んで祈る

礼拝後は、全国聖会の準備

全国聖会のPBFの準備をしました。
いつもやっていることにプラスアルファがあるので、きちんと稽古をしておく必要がありますね。
今回は、フォーメーションを組んで寄ったり離れたり、腕を開いたり閉じたり、前後列入れ替わったりの確認をしました。
ダンスの内容も、前列になった時にアワアワしないためにも、きちんと頭に入れておかなければいけないですね。
その後は、私と山下兄は荷物をまとめ、大手町に向かいました。
食事は、残った方々でとられたそうです。

長くなりそうなので、ビルウィルソンセミナーの記事は別にします。

今週もハレルヤでした。

2024年7月30日火曜日

半ドンと映画会の新しい形とパーカッション

 令和六年七月二十六日

この日は、日曜日のビルウィルソンセミナーのために松山から三木姉妹、井原兄、万代恵嗣兄の三名が来られました。

昼頃に来られるということだったので、朝から銀座出勤をして待機していました。

朝から事務所は暑いこと熱いこと。

南に面して日当たりがいいので、エアコンの効きが悪いこと、悪いこと。

この日は、仕事用PCの電源ケーブルを忘れたので、急遽半ドンにしました。

半ドンって、今の若いもんには、わかるかな〜?

午後二時ごろに御三方が到着すると同じくらいのタイミングで、セミナー配布物も届いたので、配布物セットを作成し、その後、レホボトプラスの映画会をしました。

「おもてなし映画会」という、茶道のこころにも通づる映画会の可能性に気がつきました。

集会としての映画会もあれば、来客をもてなすための映画会もある。

主の恵みは、甘くないですね。

それまでは思いもしなかった使い方を発想することができました。


集会の賛美で、恵嗣兄のパーカッションボードが加わると、演奏がピシッとしまった感じがありました。

パーカッションの役割ってすごいですね。


今週の動画はこちらです。

夕食は、いつものところで、いつものように。藤井姉妹と坂藤姉妹が用事で帰られたため、若干寂しめでした。


この集会もハレルヤでした。

2024年7月25日木曜日

ゼロから1を創る方、フォーメーションPBFとお疲れさん会

 令和六年七月二十一日

二十一日はいよいよ映画会。

今回の映画会は、東京聖会で行っていたものや、昨年の全国聖会で行ったそれとは全く違うものです。今回は、一本から八本と字幕をつけた映画の本数も増え、伝道としての映画プラットフォームの構築としてプロジェクトを発足させて、新しく計画をして、実施したものです。

いわば、零(ゼロ)から一(いち)になるという映画会でした。

無から有を生じさせるのは、創造主である主の働き、創世記の一章です。この主が共におられたことで、無事に映画会を実施することができました。

今回の計画は、人の動きは既存の集会の経験をあてにしてのものでした。しかし、新しくチャレンジしたものもあり、WEBをメインにチラシを撒かない、アンケートも電子アンケートにし、紙を最少化しました。※ 今の所、アンケートは紙の方がいいということがわかりました。

パワーポイントも堅苦しくなく、フレンドリーなものを作りました。


TFCのメンバーズからの協力もいただけ、こちらが想定している集会を行うことができました。私は、二十年前以来、久しぶりに講壇の前に立ち、司会を行いました。なぜ、講壇の前に立つと両端を掴んでしまうんですかね。なんか、掴みたくなりません?

いつもの、福音を語るの準備賛美で前に出てもいいかもしれないと、手応えを感じました。

次回は、全国聖会での映画会が企画されていますので、そちらでは、もっと多くの方々に見ていただけるように準備をしていきます。

メッセージ

今週は万代先生が、ヨハネ1章35〜42節の聖書箇所から以下のポイントで語られました。

  1. 救い主イエス・キリストの存在、想像上の存在ではない。
  2. 救い主についての知識と体験
  3. 身近な人々への声掛け。

PBF(全国聖会の準備)

PBFは、全国聖会でもTFCのイベントとして集会前に行われます。まだわかりませんが、なんか、聖会に複数回登場する可能性があるそうです。

イースターの時のようなフォーメーションダンスを持って、動きのない聖会にアクティブな動きを与えます。

今回は皆が練習していたので、写真はありません。

その後、食事の時間。今回は、写真をほとんど撮影していなかったようで、これも写真はありません。

ストレンジャーシリーズの字幕付け作業完了のお疲れさん会を、以前行った韓国料理の店で、行いたいな〜と考えています。

お疲れさん会と言っても、いつもの昼食の時間と同じで、特別なことはありませんが。

これは、映画後のフェローシップタイム

「賜物の足し算」と私は言いますが、今回のように新しい集会を企画するにしても、いつもの礼拝をするにしても、皆が集まって何かする時には、皆が賜物を持ち寄って、奉仕することが大切ですね。

今週も、主にハレルヤでした。






2024年7月19日金曜日

ストレンジャーシリーズ完成とゴム長と癒しの礼拝

 令和六年七月十四日

次の日曜日がいよいよ、映画会です。
この映画会は、ゴールではなく、TFCの新たなる出発となるものであると信じます。
みなさん、来てくださいね!

七月二十一日 十五時 東京福音センターです


TFCで字幕をつける権利を取得し著作権者の権利を尊重した上で映画会などの使用を許諾いただいた作品が八タイトル揃いました。
※The Perfect Strangerは、以前作成したときのデータが破損したため、再度作り直し、配信用のデータサイズの変更や、翻訳の修正や、タイミングの修正などを行っています。

この働きについては「賜物の足し算」と、言わせていただいています。
当初、藤井姉妹が個人的に翻訳をしていたものです。藤井姉妹は、多才な方で、映画のセリフの翻訳から、字幕をつけること、映画会の実施まで、やろうと思えば製造からロジスティクスの部分まで一貫して行うことはできると思われます。

しかし、それでは、良くて一本から三本で疲れてしまうと思います。

ほぼ毎日動画ファイルを公開している私が字幕をつけることを買ってでたことで、藤井姉妹も翻訳に集中することができました。
そして、私は、字幕付けの効率的なやり方を研究し、配信方法を学び、著作権者の権利を尊重した動画利用を実現することができました。

皆それぞれ、神様から与えられている賜物があります。
タラントのたとえのように、地の中に埋めているのではなく、神に用いられるように賜物を用いること。

自分だけの賜物だと言って、高ぶるのではなく、誰かと共に賜物を用いると、思いがけない良いものが与えられます。

この奉仕には、まだ、名前がありませんが、映画会の時に発表できればと思います。

礼拝

今週は、ユニークさんでの礼拝でした。

なぜかいつもユニークさんを使って礼拝をする時は雨模様が多く、私の写真はゴム長のことが多いですね。

地下足袋をはくようになってから、雨に濡れるとすぐにびしょびしょになってしまうので、雨が降るとゴム長を履く習慣がつきました。

皆で写真をとると、いつも、「築地の職員」か「農家の親父」かというような感じに見えますが、私は、システムエンジニアです。

今日は、神野姉妹のご友人が来られて、この日に映画会ができていたら良かったのですが、何事もタイミングがありますので、次回以降に期待ですね。

今週は、藤井姉妹が外国人に対してのメッセージ翻訳の奉仕を、ご自宅で行われました。

メッセージ

今週の礼拝は、癒しの礼拝でした。
メッセージは、聖書箇所はマタイ9:18〜26から、以下のポイントで語られました。
  1. たとえ人の目には不可能であったとしても
  2. どんな病気もきっと治ると信じて祈ろう。
  3. 信じるものに与えられるさらに大きな恵み

礼拝の後

礼拝の後は、PBFです。時間的な余裕がありませんでしたので、私は、片付けを優先しました。
神野姉妹のご友人も、ダンスの心得があるのか、皆と変わらない感じで踊っておられました。
昼食は、久しぶりに沖縄料理の店に行きました。
これから、来月半ばに全国聖会があり、直近はビルウィルソン聖会と、大きなイベントが盛りだくさんです。

なついあつにハレルヤですね。


2024年7月17日水曜日

丹沢、雨の「ヒル・クライミング」

令和六年七月十五日

昨日、登山部の活動で、神奈川県の伊勢原市の聖峰に行ってきました。
道すがら、面白いバス停に出会いました。
さて、このバス停の名前はなんでしょうか?
答えは最後に。
天候は曇りで雲が低く、聖峰の高さが雲にかかっている感じでした。
雨の日に登山をしたことがなかったので、いいトレーニングになると思っていました。
この時までは。

私は、今まで、ヤマビルというものに遭遇したことがありませんでした。
若い頃は天候に恵まれていたし、登る足が速いし、ヤマビルよりも早く進んでいました。

しかし、ヤマビルの存在は知っていたので、最低限の対策をしておりました。
最低限、長袖長ズボンを必ず着て山に入るということです。
息子にもそれを守らせていました。

聖峰のあたりはヤマビルが結構出ると聞いていましたが、知識のみで体験したことがありませんでしたので、実際に遭遇していないので、対策が甘かったですね。

聖峰の男坂から登ったところ途中で息子が、ヤマビルに集られ、大騒ぎ。
写真はありますが、グロいので、載せないようにしておきます。
聖峰の広場まできたところで見直したところ、息子の恵は、靴下の縫製の甘いところから踵を噛まれていました。
それだけでなく、両足の靴の中にヤマビルが入っており、靴にしっかり食いついたヒルは、靴を叩いても擦っても落ちない。
ナメクジのように塩をかけたり、ライターで炙ればすぐに離れると聞いていたのですが、塩は忘れ、ライターを忘れ、手で引っ張って、なんとか引き剥がしました。

私の靴にも何匹もたかっており、つまんでひっぺがして捨て、つまんでつまんでひっぺがして捨てを繰り返しました。

そうこうしていると、さらにコンクリのベンチをシャクトリムシのように移動してくるヤマビルがいたりで、さすがに気持ち悪くなり、息子は、パニック状態で、過呼吸になっているし、これ以上の登山を継続することができなくなりました。

息子は一箇所食われましたが、私は、一箇所も食われることなく、終わりました。
血がまずそうなのかな?

残念ながら、聖峰の広場で撤退をしました。

女坂から降る途中も、ヤマビルは靴を登ってくるので、その都度、息子がパニックになっていました。

ヤマビルだらけの地面にリュックを置いて、悠長に治療をするわけにもいかず、パニックになっている息子に深呼吸をさせ、神様に無事を祈りつつ、林道を抜けるところまで行かせました。

息子は、パニックになりながら、「足の親指と人差し指の間に違和感がある。ヤマビルが靴下に入っている!」と、言っていました。

林道を抜け、アスファルトの道路の上で、ヤマビルが見えないことを確認してからリュックを下ろし、消毒し、くつしたを脱がせてみると、足の親指のところにはヤマビルはいませんでした。

息子は、パニックで幻覚を感じていたようです。

息子がもし、言いつけを守らずハーフパンツで登山をしていたらおそらく、何十箇所もヒルに食われていたでしょう。

下山後に、地元の人に話を聞いたところ、この時期は特にヒルが多いので、その話した方の家の庭先にもヤマビルが出るそうです。
この日のような雨の降ったり止んだりの中で登れば同じ目に遭うということでした。

実際に体験して、本当に気持ち悪く、ヤマビルは動きが速く、集られると本当にゾッとします。

今回は眺望が取れたのはこれだけでした。
池袋まで戻ってきて、馴染みの博多ラーメン屋により、ラーメンを食べた時に、トッピングのキクラゲがヤマビルに見えて、軽くトラウマになっていました。
登山用品店で、スパッツでヤマヒルが防げるかと聞いたところ、スパッツだけでは結局登ってくるので、ふせげないし、侵入されるとのことでした。

ヒル避けのスプレーで近寄らせないのがまず第一で、その上で長靴や靴下をきちんと履いて、万が一の侵入を避けるのが鉄則だそうです。
「ヒル下がりのジョニー」坂藤姉妹は爆笑
早速購入しました。

丹沢の山塊の最高峰は、蛭ヶ岳(ひるがたけ)というくらいヒルに縁がある山域であるということを改めて思い知りました。

息子は、リーダーシップがなんであるかをこの登山で学んだようでした。
自分は完全にパニックになって機能しなくなっていたところで、冷静に対処した私の姿から、学んだそうです。

そういう意味では、この登山の稽古としては大成功であったと言えます。

今回の撤退は八月末に、ヤマビルの対応が適切かのチェックの登山として、私が一人でいこうと思います。もう一度、聖峰から高取山、蓑毛方面から十六丁目まで繋ぐ登山をしておこうと思います。

まさに、「ヒル」クライミングですね。

ヤマビルもそうですが、知識として知っていても、体験して初めてわかることがあるのは、信仰もそうですね。

多くの学びがあったことにハレルヤでした。

最初のクイズの答え


「おばさま」バス停だそうです


「万代栄嗣の福音を語る」キリスト教会・東京福音センター・スケジュール<2026年5月~7月>

<集会日程> どなたでもご参加いただけます! -------------------------------------------------------------------------- <2026 年> (予定) 5月21日 (木)pm7:00-9:10  ※...